指定 |
《国指定 建2065号》 昭和53年5月31日 |
所在地 |
鯖江市鳥井町 春日神社 |
管理者 |
鳥井町 |
時代 |
江戸時代前期 |
員数 |
1棟 |
鳥井町は、もと越前国御板部郷といい、春日神社は付近一帯15か村の総社として延喜式神名帳にみられる大山御板神社に比定されている。治暦4年(1068)に「春日神社」と改められて以来、国司・領主の崇敬を集めた。鳥井という地名は神社の「鳥居」があったことに由来するという。
現存する本殿は、天正の戦禍後、慶長18年(1613)に再建されたものと伝えられ、宝暦4年(1754)には覆屋が架けられたため、建物の保存も良く、建立当初の様子をよく伝えている。重要文化財指定の後、昭和57~58年に解体修理が実施され、現在は朱と胡粉塗りにより往時の姿が再現されている。
春日神社本殿は、正面桁行4m、側面梁行2.55m、向拝1.43mの規模を持つ三間社流造柿葺の建物で、正側面三方に刎高欄付の榑縁を廻らしている。柱はすべて自然石礎石上に立ち、身舎は円柱、ほかは角柱とする。向拝との間には海老虹梁を架け、手挟を入れる。妻は、虹梁太瓶束に二手先組物を組み、拳鼻を入れ、棟木を受ける。軒回りは、正面は二軒繁垂木、背面一軒疎垂木である。
様式的には身舎に中備がないなど古相を示すが、虹梁形式に近世的要素が多く見られることから、慶長以後の建物と判断される。近世初頭の越前における神社本殿の形式を知る上で貴重な建物である。
崇神天皇の時、大彦命が四道将軍として北陸地方に下向した。この時、大山(王山)に賊がいたので、命は当地に盾板を立てて、軍神に祈り、この賊を平定した。命はこのことに感謝し、御板神社の社号を賜ったという。
本ページの無断転用・転載を禁じます